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【読書記録77】『翻訳地獄へようこそ』

こんばんは。
金曜日は、翻訳に関する本です。

「読む翻訳者」の大先輩

本日は『翻訳地獄へようこそ』。アルクさんの雑誌に寄稿されたエッセイをまとめたエッセイ集です。

著者である翻訳者の宮脇孝雄さんは私にとってまさに「読む翻訳者の大先輩」。エッセイでは、書籍の紹介と翻訳の検証について述べながら、翻訳者の仕事について語っておられます。

読みたい本も一気に増え(ちょうど一冊届いたところです。楽しみ!)、今後の読書、学習、翻訳へのモチベーションがグッと上がった一冊でした。

読書が解釈力や表現力を磨いてくれる

それぞれのエッセイでは書籍が紹介され、書籍から得られる情報をもとに、既存の日本語訳を考察しています。たとえばこちら。

(原文)One afternoon I walked down to the Lowther Arcade, then drearily existent, to effect my purchase.
(既存訳)「ある午後のこと、私は買い物をするために当時は物寂しい場所だったラウザー・アーケードまで歩いていった」

一見すると自然なように思えます。著者も「これでいいようにも思えるが」と始めつつ、でもやはり気になったようです。

これでいいようにも思えるが、英語を見ているうちに気になってきた。当時は物寂しい場所だった? 今はどうなっているのか? もう物寂しくないのか? どうやら「then drearily existent」という表現をよく考える必要がありそうだ。

そして、『The London Encyclopaedia』という本でthe Lowther Arcadeを調べることに。

ロンドンの古今の地名がすべて収録され、その由来や、そこに誰が住んでいたか、またどこに有名人の銅像があるか、などの情報がぎっしり詰まっている「ロンドン百科事典」である。(中略)

これはビクトリア時代の中期に栄えた全長24メートルの商店街で、1904年に取り壊されたという。

これではっきりした。この短編が書かれたとき(中略)にはもう取り壊されていたが、話の時点(1881年)ではexistent(現存)していたのである。

となると、then drearily existentとは、「その当時(1881年)にはまだ寂しい状態(drearily)でありながらも現存していた(existent)」である。つまり、上の訳文は、

「ある午後のこと、私は買い物をするために、寂れていても当時はまだあったラウザー・アーケードまで歩いていった」
と直すことができる。

一気に原文の理解が進みました。改定訳もスッキリ!! インターネットでも調べきれるかもしれませんが、やはり書籍は強いなという印象です。

他にもカンマやハイフンについてや要注意単語nurseの話など、おそらく実際にあったであろう誤訳の考察はかなり勉強になります(カンマの本、買いました!)。

さらに、読書は解釈力だけでなく表現力も磨けるというエッセイもたくさん。日本語で書かれた本の英訳版を日本語訳してみて元の日本語と比較するトレーニングは、ぜひ私もどこかでやってみたいと思います(ちなみに本書でオススメされていたのは安房直子さんの童話集)。

次のステップに進みたい翻訳者へ

いわゆる誤訳指摘本ではあるのですが、書籍を根拠にしているのと、等身大でお優しく、時にユーモラスな文体とで嫌な気分にはなりませんでした。同業者へのリスペクトやエールも感じ、誤訳指摘本には抵抗感がある翻訳者さんにもおススメしたい一冊です。

そして、文体から伝わる人柄からか、レビューサイトには建設的なご指摘も。「これは確かに既存訳や本書での改定訳よりもピッタリかも!」と膝を打つ指摘と再改定訳もあり、レビュー確認まで勉強になる時間でした。「次のステップは色々と面白そうだ」とやる気が出てきます。

さて、「はじめに」より次のステップに進みたい翻訳者へのエールを引用して、本日はここまで。

〈表現〉を訳すことが、翻訳という作業を行う際に一番大事なことなのです。
残念ながら、翻訳を始めたばかりのことは、言葉を訳すのに精一杯で、表現を訳すことまで頭が回らないのが普通です。いい換えれば、その余裕が出てくれば、初心者の域を抜けて、次のステップに進めるのです。

***

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この記事を書いた人

企業にて、産業翻訳の翻訳、チェック、ディレクションに従事。
フリーランスにて、映像翻訳と読書ブログ運営。
観劇と、ヨガ・ピラティスが好き。

(このサイトはアフィリエイト広告を掲載しています。)

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