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【読書記録94】『翻訳夜話』

こんばんは。
金曜日は、翻訳に関する本です。

作家・翻訳者とアメリカ文学研究者の共同翻訳ゼミ

村上さんからは前々から、翻訳について何か本を作りたいですね、と言っていただいていたが、案が具体化したのは、僕が東大駒場でやっている翻訳の授業に、村上さんにゲスト出演してもらったことがきっかけである。僕や学生が質問をして、村上さんに答えてもらうというかたちで授業をやってみたところ、とても面白かった。この時のやりとりを収めたのが、この本の第一部である。で、同じようなことを、聴衆のタイプを変えてもう二度ばかりやってみようということになり、第二部では翻訳学校の生徒さんたちに、第三部ではすでに訳書もある、柴田が個人的に信頼している若手翻訳者・研究者に集まってもらって、皆さんのご質問に村上・柴田が答えるフォーラムを行った。
したがってこの本は、ひとまず村上・柴田が著者ということになっているが、実のところは、我々二人が自分の考えを展開する引き金を引いてくださった多くの質問者の方々との共同作業の産物である。

作家であり翻訳者でもある村上春樹さんと、アメリカ文学研究者で翻訳者の柴田元幸さんによる共著の『翻訳夜話』。冒頭で引用した柴田さんによる「あとがき」でもあるように、第三の著者である質問者の方々(本書では「質問者C」などと記載)には、「よくぞ、その質問をしてくださいました!」と心の中で拍手を送りたくなる場面がたくさんありました。

大学の生徒、翻訳学校の生徒、デビュー済み翻訳者たちの質問に対し、村上さんも柴田さんも、それぞれ普段はあまり意識せずやっている点まで、翻訳のプロセスを言語化して語っています。ある程度翻訳をかじってから読むと、また違った面白さが見えてきそうです。

「テキストが全て」

本書を通じて繰り返し出てくるのが、「テキスト(原書)が全て」という考え方でした。

質問者D その作家がどういう人かというだけではなくて、もうちょっと客観的にそのテキストを捉えられるような、文字だけではなくて、その背景というのは大事なんじゃないでしょうか。

柴田 うーんと……それはたとえば、その小説の中で固有名詞、なんでもいいんですけど、車の名前が出てきたとして、この車が高級車なのか安い車なのかで話が変わってくるなと思ったら、それはどっちなのか調べる必要がありますよね。(中略)うーん、でも、そういうのって、そんなに大きな部分ではないような気が僕はするんですよね。そりゃ調べますよ、調べるけど、そういうことをコツコツやるのが翻訳道だ(笑)みたいな言い方はしたくない。いちばん大事なところはテキストに書いてなければ嘘だ、というか、テキストから読み込めなければ嘘だろうという気はするんですよね。

村上 作家にとってはテキストが全てなんですよね。たとえば、僕が何かを書いて、読んだ人が、僕がいつ、どこで生まれて、どんなことをしてるって知らなくても、その小説を読んで何かを感じるものがあれば、それが全てなんですよね。で、興味を持って、たとえば、僕のバイオを調べれば、それはそれでいいんだろうけれど、あくまで二次的なことですよね、順番としてもね。あるいは逆に、僕についての事実を知ることによって、それに邪魔されて、素直で自然な読み方ができなくなるということだってあるかもしれません。

この考え方は、フィクションだけでなくノンフィクションにも、さらには出版翻訳に限らず映像翻訳や実務翻訳にも通じる部分がありそうです。

調べ物をして得た知識は訳出の助けにはなるものの、原文を必要以上に書き換えないことが重要。翻訳では「原文をリスペクト」「直訳」「ミラートランスレーション」などの言葉がよく使われますが、「テキスト(原書)が全て」という言葉も、常に意識しておきたいと改めて思いました。

「海彦山彦」競訳にチャレンジ

第三部の前には「海彦山彦」と題し、村上さんと柴田さんが同じ作品を訳した訳文が掲載されています。第三部では、この訳文を事前に読んできたデビュー済み翻訳者たちが質問者となり、具体的に訳出時に意識したことや翻訳者ごとのスタイルの違いなどが語られます。

普通名詞的に使われている固有名詞へのアプローチは覚えておきたいポイントでした。

柴田 カーヴァーの場合特にそうですけど、固有名詞が出てきても、限りなく普通名詞に近いことが多い。ジム・ビームを買って飲むとかいっても、ジム・ビームというのは、その人の趣味とか個性を表しているのではなくて、要するにそこら辺で売っている酒ということでね。個性の不在を伝えているわけです。そういうのが、翻訳だと、その固有名詞が人物の個性を伝えているように読めちゃうんじゃないかと心配で、場合によっては普通名詞に直しちゃうこともあるわけです。

巻末には原文も掲載されているので、自分でも訳してみて、お二人の訳と比べてみるのも楽しそうですし、勉強になりそうです。今回は図書館で借りましたが、これはそのうち購入してじっくり読みたくなる一冊でした。

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本書が気になった方は、こちらから購入できます。

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この記事を書いた人

企業にて、産業翻訳の翻訳、チェック、ディレクションに従事。
フリーランスにて、映像翻訳と読書ブログ運営。
観劇と、ヨガ・ピラティスが好き。

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