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【読書記録104】『出版翻訳家なんてなるんじゃなかった日記』

こんばんは。
金曜日は、翻訳に関する本です。

ある出版翻訳家の「天国と地獄」

30代のころの私は、次から次へと執筆・翻訳の依頼が舞い込み、1年365日フル稼働が当たり前だった。その結果、30代の10年間で50冊ほどの単行本を出すに至った。
が、そんな私もふと気が付いてみれば、最後に本を出してから8年以上も経っていた。
――なぜか? 私が出版業界から足を洗うまでの全軌跡をご紹介しよう。

本日は、『出版翻訳家なんてなるんじゃなかった日記』を紹介します。『7つの習慣 最優先事項』の訳者としても知られる著者が、出版翻訳の現場で経験した「天国と地獄」を赤裸々につづった一冊です。

2020年11月の刊行当時から気になっていたのですが、ショッキングなタイトルに少したじろいでしまい、なかなか手に取れずにいました。ですが今回、ようやく意を決して読んでみることに。予想以上に読みごたえのある内容で、一気に引き込まれました。

庇いきれないクライアントたち

ジャンルは違えど、私自身も依頼元になる立場なので、SNSで翻訳者がクライアントやエージェントへの不満を投稿しているのを見ると、「いや、それは先方にも事情があるのでは……?」と、つい発注側の肩を持ちたくなることもあります。

本書を読む前も、「出版社側に少し肩入れしてしまうかもな」と思っていたのですが……これは庇いきれませんでした。

言ったことを簡単に覆したり、仕事が完了してから翻訳者側に非がないのに一方的に報酬の減額を通告したり。産業翻訳の世界で生きてきたからか、出版の中止そのものには「まあ、そんなこともあるのかも」とある程度の理解は示せても、約束された報酬が大幅に下がるとなると話は別です。

中には「これは著者の創作であってほしい」と願ってしまうほど、出版社側の稚拙なごまかしや理不尽な言動も多々見受けられました。出版業界は大手であっても非上場の企業が多く、コンプライアンスが徹底されにくい土壌が残っているのかもしれません。


フリーランス新法が施行されたとき、正直私は「でも、これって当たり前の内容では?」と感じていました。けれど本書を読むと、まだまだフリーランスの立場が軽んじられがちな現場があるという現実を思い知らされます。

どうすれば地獄を回避できるのか

本書を読みながらずっと、「どうすればこの地獄を回避できるのか」と考えていました。パッと思い浮かんだのは、次の3つです。

1つ目は「書面での取り決め」。
契約書や発注書があるのが理想ですが、最低限メールでもいいので、依頼時に必要事項をしっかりすり合わせておきたいところです。

個人的には、発注側がひな形を用意しておくのが当然だと思っていたのですが……世の中にはそうでない発注者もいるようで。本書を読んで改めて、個人で仕事を受けるときは、多少面倒でも足りない情報はこちらから確認しようと思いました。

2つ目は「同業者とのつながり」。
本書出版後は翻訳・通訳団体で登壇や執筆もしている著者ですが、本書に登場するのは、著者・出版社・弁護士・裁判官といった面々で、同業の翻訳者の存在がほとんど出てきません。

出版翻訳者同士の横のつながりや、困ったときに相談できる弁護士さんとのネットワーク――そうしたコミュニティがあればと思います(もしかしたら、すでにあるのかも?)。

そして3つ目は「クライアントごとに意識をリセットする」。
本書を読んでいると、著者がトラブルを重ねるたびに出版社への猜疑心を深めていった様子が伝わってきます。実際、過去の出版中止のトラウマから、別の出版社とのやりとりで不適切な言い回しをしてしまい、あとで後悔する場面も。

私も発注側として、最初から警戒心むき出しの翻訳者さんとやりとりしたことがあります。今思えば、他社さんとの過去の経験が尾を引いていたのかもしれません。気持ちを切り替えてクライアントと接する。すぐには難しいときは、思い切って休むのも大切なのかもと思いました。

つらつらと書いてきましたが、著者が本書で改めて筆をとれたこと、それが本当に良かったと思います(そして調べたら先月、新刊『出版中止! ~一度「死んだ」から書けた翻訳家残酷物語~』が出ている!)。

出版翻訳家なんてなるんじゃなかった日記』という衝撃的なタイトルとは裏腹に、「あとがき」では、それでもこの道を志す人たちへのまっすぐなエールが綴られています。

出版翻訳者だけでなく、すべての翻訳者に届いてほしいと願って引用しつつ、本日はここまで。

 編集者と翻訳家が手と手を取り合ってお互い誠実に働けば、翻訳家という職業も捨てたものではないと思う。いやいや、「捨てたものではない」どころか「素晴らしい職業」になりうる。
 世界にはまだまだ翻訳されていない優れた作品がある。編集者と翻訳家が一丸となって優れた作品を発掘し出版すれば、モノトーンな日常に彩りを加えることができる。そんなスリリングな一面も持っている素晴らしい職業が翻訳家なのだ。「出版翻訳家になって本当によかった」と言える翻訳家が一人でも増えることを心から祈っている。

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この記事を書いた人

企業にて、産業翻訳の翻訳、チェック、ディレクションに従事。
フリーランスにて、映像翻訳と読書ブログ運営。
観劇と、ヨガ・ピラティスが好き。

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